テレビを見ていなかった学生時代。志望理由は、世界を見たくて
大学は建築専攻。あまりテレビは見ていなかったですね。一人暮らしの部屋に、テレビがない時期もあったくらい。転機は大学を1年休学して行った、バックパックの旅。船で中国に渡り、アジア、中近東、エジプトまで陸路で移動しました。「もっと世界を見てみたい」。旅で得た体験、出会った人や風景に大きな感銘を受けました。海外取材に強いテレビ番組の制作会社なら、仕事で海外に行けるかもしれない。自分にぴったりな仕事だ。建築デザインや設計の会社も受けましたが、『世界遺産』の制作会社ということで受験。最初に内定をいただいたので「縁だな」と思って入社を決めました。
入社後は、企業が展示会やホームページで使う映像、ドラマのタイトルバックなどの制作に携わりました。4年目で自分の企画が通り、日本食肉消費総合センターの世界の肉料理を紹介するウェブ番組をディレクターとして制作。2008年から2年間、BSジャパン(現・BSテレ東)の紀行番組『写真家たちの日本紀行』をディレクターとして担当し、2010年、『世界遺産』のディレクターになりました。
『世界遺産』が、できるまで。
『世界遺産』は、レギュラーのディレクターが4人いて、自分はその1人。取材期間は1〜1.5カ月。撮影は文化遺産で7日間、自然遺産は10日間というのがベース。年間1/3ぐらいは、海外ロケをしています。ディレクターはカメラマン、音声スタッフとチームを組んで、世界遺産を取材。各チームが順番に取材したものを毎週放送しています。取材先は国内にいるプロデューサーが調整したり、自ら提案したり、ケースバイケースです。
担当する世界遺産が決まると、さまざまな文献を読んだり、専門家に話を聞いたりして、番組の構成や演出を考えます。現地のコーディネーターと「こういう撮影できない?」と相談・調整して、ある程度決まってから出発。現地ではコーディネーターのほか、ドライバーやポーターを雇ってロケに臨みます。
帰国後は、撮影した映像をすべて見て、編集をして、ナレーションの下原稿を書いて、ナレーションを収録して、音効スタッフに効果音を入れてもらって、30分の番組として仕上げていきます。『世界遺産』の特徴は、映像先行の編集。映像の流れが決まってから、ナレーションを書いていくんです。フリからオチまで、ある流れに沿って映像を組み立てるのではなく、クオリティの高い映像で組み立てていく。説明的にならず、驚くような映像を。そこは気にしてやっています。
ドキュメンタリーは、撮れたものがすべて。
日程や行程を決めておいても、思い通りにいかないのが海外ロケ。天候にも左右されます。「これだけは撮りたい」というものは譲りません。そこで大切になるのは、コミュニケーション力、適応力と臨機応変さだと思うんです。
『世界遺産』の撮影で、ペルーのワスカラン国立公園に行ったときのこと。標高4600mに青い湖があるのですが、晴れないときれいな青には見えない。山の麓でキャンプをして、2時間かけて山を登り、1日中待っても撮れなかった。それで「明日も登ろう」と予定を変更したんです。現地のポーターなどは日当を払えばいいのですが、技術スタッフにすれば「機材の上げ下ろしで1日無駄にしたくない」と思うのは当然で。それでも「この人が言うなら」と思ってもらうには、場所の重要性や番組の方向性を事前に深く共有しておく必要があります。「最高の映像を撮る」。想いの強さを共有するコミュニケーション力が必要なんだと思います。
ドキュメンタリーは、撮れたものがすべて。撮れるまで粘るのが正解とも限りません。駄目なものは割り切って別プランを考えるなど、その場に応じた臨機応変さも求められます。現地で探し直すのは大変ですが、経験を積むと「ここに山があるということは、こっちに森があるはずだ」と、撮影場所のアタリが付けられるようになりますし、目線を変えて面白いネタをみつけることもできます。「じゃあ次いこう」と判断するポイントを見極めるのは難しいですが、そこも含めてディレクターの手腕かなと。
大自然が見せる一瞬の輝きや動物の面白い生態を目の前にすると、この仕事をやっていて良かったと思います。そして自分だけが楽しむのではなく、心を震わせる映像、驚くような映像を、視聴者の皆さんに届けていく番組作りをしていきたいですね。
WORKS
SCHEDULE OF ONE DAY

起床 登山行程と機材の最終確認
南米ペルーのワスカラン国立公園で7泊8日キャンプしながら撮影するため、出発前の最終確認。ポーターにも荷物運びを手伝ってもらうので、誰が何を持つのか?を見直します。機材や装備は事前に重量を計測して、前日までに割り振りを決めておきます。

出発
日が昇り明るくなったらすぐに出発。スタッフの歩くペースをみながら、ガイドと相談して、道中で撮影に確保できる時間を想定します。歩きながら、撮影できそうなものが無いか?絶えず探しています。

高山植物を発見
標高4200mで、不思議な高山植物を発見!カメラマンとアングルなどを相談して撮影します。ガイドに植物の名前や生態を確認するのも大事な仕事です。

休憩
登山中はしっかりとした食事はできないので、スナックやフルーツなどが昼食代わりです。長年の経験から、日本から必ず持っていくのは羊羹!最高のエネルギーになります。

氷河湖に到着
今日の一番の目的、標高4600mにある氷河湖に到着。湖面に太陽の光があたるとコバルトブルーに輝く絶景です。山の天気は変わりやすいため、湖全体に光があたる時間はわずか。最高の瞬間がくるまでひたすら待ちます。どの段階でOKを出すかを判断するのがディレクターの最も大切な役割でもあります

天気待ちの間に氷河を撮影
この日は、氷河湖の背後の山にずっと雲がかかりっぱなし。そのため、湖全体に太陽の光があたる瞬間は、中々訪れません。待っている間、別の山の山頂が見えたので撮影。こうしてワンカットづつ積み重ねることで、番組ができあがっていきます。

キャンプ地に到着
登山ロケでは明るいうちにキャンプ地に到着するのが鉄則。暗くなる前にテントを設営します。設営後はその日撮影した内容を整理して、徐々に番組の構成をつくっていきます。この作業を繰り返すと「こんなシーンがあったらもっと番組が面白くなる!」と気付きます。

夕景に感動
夕食の準備をしている間、氷河を頂く山がバラ色に染まる様子を撮影。こうした光景は、陽が沈む直前のごく僅かしか見られない特別なもの。この仕事をしていて良かったと思える瞬間です。撮影を終えると、温かい夕食を食べて20:00には就寝です。